大学生活というものはあり余るほど自由に使える時間があふれています。
その時間を何に使うかは人それぞれですが、「昔の名作を読もう」と思い立つこともあるでしょう。青空文庫を開けば、夏目漱石や森鴎外といった作家の作品が無料で並んでいます。冷静に考えれば、とても贅沢な環境です。
しかし、いざ読み始めると、文体の古さや言い回しの硬さに思わず手が止まることがあります。読めないわけではない。けれど、娯楽として気軽に楽しむには少し骨が折れます。
そこで使えるのが、ChatGPTやGeminiなどの生成AIです。本文を入力して現代語訳や要約、語彙解説をさせることで、古典の「壁」を一段低くすることができます。
本記事では、青空文庫の文章をAIで読み解く具体例を示しながら、古典を“勉強”ではなく“娯楽”として楽しむための方法を紹介します。
青空文庫とは
青空文庫は、日本の著作権が消滅した文学作品や、著作者が公開を許可した作品を、インターネット上で無料公開している電子図書館です。1997年にボランティア主体で始まり、現在も多くの協力者によって運営されています。
夏目漱石や芥川龍之介、太宰治など近代文学の代表作が公開されており、これらを無料で読むことができます。
- 学問のすゝめ(福沢諭吉)
- 舞姫(森鴎外)
- 歯車(芥川龍之介)
- 銀河鉄道の夜(宮沢賢治)
- 檸檬(梶井基次郎)
娯楽としての壁
では、これほど名作が無料で読めるにもかかわらず、なぜ娯楽として広く親しまれているとは言いにくいのでしょうか。
その理由は、実際に本文を読んでみるとすぐに分かります。ここでは例として『学問のすゝめ』初編の冒頭を見てみます。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。
されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤
上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資
り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。福沢 諭吉「学問のすゝめ」初編冒頭
読めないわけではないが、気軽に楽しむには骨が折れる。
それもそのはず。『学問のすゝめ』初編が出版されたのは1872年、今から150年以上前のことです。
著作権の保護期間は、人々の言葉や感覚が変わるには十分な長さです。そのため、著作権が切れて公開された作品の多くは、現代の読者にとって読み慣れない文体になっています。
AIで青空文庫を楽しむ
1997年の活動開始以来、青空文庫は多くの名作を公開し続けてきました。しかし、前項で述べた理由から、娯楽として広く楽しまれているとは言いにくい面もあります。
しかし、近年の技術発展によって、私たちは青空文庫をより楽しむ手段を手に入れました。
その一つが、ChatGPTやGeminiに代表される対話型の生成AIです。
皆さんもすでに、資料の要約や検索の補助として活用しているかもしれません。
しかし、生成AIの用途はそれだけではありません。青空文庫の本文を入力し、現代語訳や要約、語彙の解説をさせることで、「読みづらい本」を「読める本」に近づけることができます。
つまり、AIは単なる効率化ツールではなく、古典文学への入り口を広げる装置としても機能します。
では、具体的にどのようにAIを使えばよいのでしょうか。次章では、実際の手順とプロンプト例を紹介します。
AIで青空文庫を楽しむ方法
ここからは、実際にAIを使って青空文庫を楽しむ方法を紹介します。
やることはシンプルで、流れは4工程だけです。
- 文章を翻訳するAIを用意する
- 青空文庫で読みたい段落をコピーする
- AIに貼って、現代語訳(必要なら注釈も)を出力する
- 原文と見比べながら読む
事前に必要な準備は工程1だけです。準備ができたら、あとは「コピーして貼る」を繰り返すだけで読書が進みます。
文章を翻訳するAIを用意する
ここでは、手軽に使える二つの方法を紹介します。
プロンプトのひな形を使う
1つ目の方法は、チャットの最初にプロンプトで指示を与える方法です。
以下のプロンプトの翻訳ルールを調整することで、好みの翻訳文を作ることができます。
あなたは日本文学の編集者です。
青空文庫に収録されている旧仮名遣い・文語体の文章を理解し、意味を変えずに現代の読者に読みやすい日本語へ現代語訳してください。
これ以降、ユーザーが送る文章は **すべて青空文庫の原文** とみなし、毎回次のルールに従って現代語訳してください。
ユーザーが追加の指示を出さない限り、説明や前置きは不要です。
【翻訳ルール】
・原文の意味、内容、文脈を変えない
・現代の一般的な日本語として自然で読みやすい文章にする
・旧仮名遣い、文語表現、古語は現代語に置き換える
・比喩や文学的表現は可能な限り保持する
・意訳しすぎて内容を省略しない
・段落構造は可能な限り維持する
【出力形式】
現代語訳:
(翻訳された文章)
必要な場合のみ次を追加してください。
補足:
・解釈が分かれる可能性のある箇所
・現代では理解しにくい語句の簡単な説明
毎回最初に入力する手間はありますが、取り回しがよく翻訳を調整するのに向いており、ChatGPTのFreeプランでも使用できます。
GPTを使用する
もう1つの方法として、公開されているカスタムGPTを使用するという方法もあります。

青空文庫現代語訳機
青空文庫に収録されている文学作品を、読みやすい現代語に変換して読むための カスタムGPT です。
旧仮名遣いや文語表現で書かれた文章を、意味を保ったまま現代の日本語へ言い換えます。
すでに回答指示がカスタマイズされているため、文章をコピペするだけで使うことができます。
しかし、個人によって求める翻訳の粒度やわかりやすい出力形式は異なるため、自分に合わせたカスタムGPTやプロンプトを作成することをおすすめします。
おすすめの読書環境
個人的には、Chromeの画面分割(タブを並べて表示)を使い、1画面にChatGPTと青空文庫を並べて読むのがおすすめです。

このように並べて表示すると、原文と訳文を見比べながら読書を進められます。
コピペ量の目安
1度にコピペする量の目安は、原文と訳文を「同じ画面で見比べられる」範囲です。まずは1段落、慣れたら数段落まで増やすのが無難です。
見比べながら読み進める前提なので、長文を一度に翻訳すると、原文と訳文の両方をスクロールし続けることになり、テンポが落ちます。
また、文章量が増えるほど注釈が薄くなったり、言い換えが雑になったりしがちです。結果として、訳文のほうが追いづらくなることもあります。
まずは1段落から始めて、読みやすさを優先しつつ、自分のテンポに合う分量へ調整していくのが良いです。
出力例
次に、作成したGPTで実際に文章を現代語訳した例をいくつか紹介します。
学問のすゝめ(福沢諭吉)
原文
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」と言えり。されば天より人を生ずるには、万人は万人みな同じ位にして、生まれながら貴賤
上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資
り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずしておのおの安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。福沢 諭吉「学問のすゝめ」初編冒頭
出力文
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言った。されば、天が人を生ずるには、万人は万人みな同じ位であって、生まれながらに貴賤[1]上下の差別はなく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるあらゆる物を資(と)り[2]、それによって衣食住の用を満たし、自由自在に、互いに人の妨げをなさずして、おのおの安楽にこの世を渡らせなさる[3]という趣意である。
【注】
[1] 貴賤:身分の高低。貴い者と賤しい者。
[2] 資(と)り:原文「資とり」。ここでは「資(たす)けとして取り用いる」「利用する」の意。
[3] 渡らしめ給う:使役の助動詞「しむ」+尊敬の補助動詞「給う」。天が人々をこの世に安楽に生き渡らせなさる、の意。
舞姫(森鴎外)
原文
石炭をばはや積み果てつ。中等室の卓
のほとりはいと静かにて、熾熱燈
の光の晴れがましきも徒
なり。今宵
は夜ごとにここに集
い来る骨牌
仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余
一人
のみなれば。森 鴎外 「舞姫」 冒頭
出力文
石炭はもう積み終えてしまった。中等室の卓のほとりはたいそう静かで、白熱灯[1]の光がいかにも晴れがましくとも、それもむなしい[2]。今宵は、毎夜ここに集まって来る骨牌仲間も「ホテル」に泊まっていて、船に残っているのは私一人だけなのである。
【注】
[1] 熾熱燈(しねつとう):白熱灯。強く熱して光を発する電灯。
[2] 徒(あだ)なり:むなしい、はかない、無駄である、の意。
歯車(芥川龍之介)
原文
僕は或知り人の結婚披露式につらなる為に鞄を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両がはは大抵松ばかり茂つてゐた。上り列車に間に合ふかどうかは可也怪しいのに違ひなかつた。自動車には丁度僕の外に或理髪店の主人も乗り合せてゐた。彼は棗のやうにまるまると肥つた、短い顋髯の持ち主だつた。僕は時間を気にしながら、時々彼と話をした。
「妙なこともありますね。××さんの屋敷には昼間でも幽霊が出るつて云ふんですが。」
「昼間でもね。」芥川 龍之介 「歯車」 冒頭
出力文
僕は、ある知り人の結婚披露式に列席するために、鞄を一つ下げたまま、東海道のある停車場へ、その奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両側は、たいてい松ばかりが茂っていた。上り列車に間に合うかどうかは、かなり怪しいに違いなかった。自動車にはちょうど僕のほかに、ある理髪店の主人も乗り合わせていた。彼は棗のようにまるまると太った、短い顎髭の持ち主だった。僕は時間を気にしながら、時々彼と話をした。
「妙なこともありますね。××さんの屋敷には、昼間でも幽霊が出るって言うんですが。」
「昼間でもね。」
おわりに
今回は、すのえが書いた記事「シリーズ: AI対話 逆に、AIの発展で無くなる娯楽」に触発されて書きました。
この記事では、AIによって失われるかもしれない娯楽について語られています。しかし今回紹介したように、古典文学の翻訳のようなかたちで、AIによってむしろアクセスしやすくなった娯楽もあるのではないでしょうか。
とまらない技術の流れに不安を覚えることもあります。しかし、その流れに振り回されるのではなく、うまく乗りこなす側でありたいですね。


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